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龍馬伝から龍馬を考える [幕末]

「成功するかどうかはわからぬが、いまのままの情勢を放置しておけば、
日本にもフランスの革命戦争か、アメリカの南北戦争のごときものがおこる。
惨禍は百姓町人におよび、婦女児の死体が路に累積することになるだろう。」

竜馬が土佐屋で大政奉還について述べる場面(司馬遼太郎「竜馬がゆく」より)


「いまや外敵は、日本の内乱のときを虎視眈々と待ちゆう。
内乱はどいたち避けんといかん。それに兵を動かせば、
相手を脅迫することになるじゃないか。
あくまでも正道平和の手段をとって、目的を達成せんかったらいかんぜよ。

龍馬が薩摩藩士・林謙三に語った言葉(津本 陽「龍馬」より)

どちらも小説ですが、龍馬がたとえ仲間に殺されようとも覚悟の上で
語った言葉です。それゆえ命をかけて薩長を説得しました。

龍馬伝では、福山龍馬が平和主義者でおかしいという意見をヤフーのテレビ感想欄でよくみかける。そう書くひとは司馬遼太郎ファンを自称する人でもある。しかしその司馬遼太郎も龍馬を平和を希求する幕末の獅子として描いている。その変節ぶりを中島作太郎がなじっているが、武力討伐派だった自分を「思えばおれも年少客気だったなぁ」と言わせている。龍馬伝を酷評する人々は福山龍馬が武器を買いながらなんで平和なんだとなじられているが、司馬ファンなら原作もそうであることになぜ気づかないのか?私も以前は龍馬伝の龍馬は嫌いだったが、最近は出来がよく、船中八策の場面は司馬氏の描写に比べてあきらかに上の出来であった。司馬氏は竜馬に「いろいろさ」と言わせるだけでつまらない。確かに多くを語らずに済ませるところが男らしいのかもしれないが、現代ではそれは通じないだろう。


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