So-net無料ブログ作成
検索選択

龍馬伝 第44回「雨の逃亡者」 [幕末]

 お元の海外逃亡、よく出来ていた。切支丹であることがばれる部分はとても緊張感のある演出だった。

さらにアーネスト・サトウ(パックン)の登場に思わず拍手!

沢村(要潤)もようやく見せ場が出て、海援隊もようやく新選組!並にいい関係になってきた。

それと、映像と音楽の摺り合いというのだろうか、毎回毎回、映画をみてる気分にさせてくれる。

前は音楽がうるさくて消してもらいたいこともあったが、恐らくそれは龍馬とお龍の演技が

あまりにもへただったからだろう。

福山さん、ちょっといい男になってきたんじゃない。

後藤象二郎と山内容堂との関係も非常によく出来ていた。

あの後藤の顔を蹴飛ばす近藤さん、あなたはうますぎ。

もともと、後藤と容堂は大政奉還をめぐって争っていた。

容堂は公武合体派であり先祖代々佐幕である。

後藤の申し入れは絶対に受け入れられない。

しかし、イカルス号事件が起きてしまう。

イギリスは最初から海援隊のせいにして土佐を責めた。

これは生麦事件から薩英戦争に発展した事件を彷彿とさせた。

土佐は海防もなくイギリス艦隊から海上から砲撃されれば一貫の終わりである。

ここでさすがの容堂も倒幕側に立つしかなくなる。

この背景にはパークスの脅しと、アーネスト・サトウ、龍馬、後藤の連携プレーがある。

イギリスは急転直下のごとく長崎奉行、幕府を責める。

藩論を一気に討幕へと導く。

これは武市の夢でもあっただろう。

しかし、龍馬と後藤は別の意味で大政奉還を利用しようと考えていた。(これは後で)

結局、大政奉還と船中八策は、後藤のアイディアとして容堂に受け入れられた。

龍馬が誰に殺されたか?これは謎だが、いろは丸、イカルス号事件が一気に土佐を反幕府にし、

その中で平和的政権移譲を考えた容堂、後藤、龍馬ラインは結果的に失敗に終わった。

容堂の言うことを聞かない板垣が土佐の兵を動かしたからである。

武力討伐派の中岡、板垣ライン。

土佐の内部対立が、龍馬暗殺の背後にうごめく。

最後に、お元の行方だが、恐らくパリ万博でコンパニオンというところが妥当だろうか。

イギリスは幕府に対抗するため、薩摩藩をパリ万博に参加させていた。

龍馬伝、なかなかここまで歴史を圧縮してドラマ化してくるとは。

恐れ入る。

しかも、弥太郎との確執もうまく取り込んでいる。

残念なのはyahooのテレビの感想の投稿だろうか。

司馬氏の竜馬を愛するあまりか、非難中傷が絶えない。

まるでトイレの落書きのようなレベルの低さで、もうあそこもダメだろう。

読む気がしない


nice!(0)  コメント(0) 

龍馬伝から龍馬を考える [幕末]

「成功するかどうかはわからぬが、いまのままの情勢を放置しておけば、
日本にもフランスの革命戦争か、アメリカの南北戦争のごときものがおこる。
惨禍は百姓町人におよび、婦女児の死体が路に累積することになるだろう。」

竜馬が土佐屋で大政奉還について述べる場面(司馬遼太郎「竜馬がゆく」より)


「いまや外敵は、日本の内乱のときを虎視眈々と待ちゆう。
内乱はどいたち避けんといかん。それに兵を動かせば、
相手を脅迫することになるじゃないか。
あくまでも正道平和の手段をとって、目的を達成せんかったらいかんぜよ。

龍馬が薩摩藩士・林謙三に語った言葉(津本 陽「龍馬」より)

どちらも小説ですが、龍馬がたとえ仲間に殺されようとも覚悟の上で
語った言葉です。それゆえ命をかけて薩長を説得しました。

龍馬伝では、福山龍馬が平和主義者でおかしいという意見をヤフーのテレビ感想欄でよくみかける。そう書くひとは司馬遼太郎ファンを自称する人でもある。しかしその司馬遼太郎も龍馬を平和を希求する幕末の獅子として描いている。その変節ぶりを中島作太郎がなじっているが、武力討伐派だった自分を「思えばおれも年少客気だったなぁ」と言わせている。龍馬伝を酷評する人々は福山龍馬が武器を買いながらなんで平和なんだとなじられているが、司馬ファンなら原作もそうであることになぜ気づかないのか?私も以前は龍馬伝の龍馬は嫌いだったが、最近は出来がよく、船中八策の場面は司馬氏の描写に比べてあきらかに上の出来であった。司馬氏は竜馬に「いろいろさ」と言わせるだけでつまらない。確かに多くを語らずに済ませるところが男らしいのかもしれないが、現代ではそれは通じないだろう。


nice!(1)  コメント(0) 

清風亭で刀はふりまわさいように。 [幕末]

「龍馬伝」を見て、これは完全フィクションだ、と思えば面白い。ただ、

【このドラマはフィクションです。実在した坂本龍馬とはなんの関係もありません。】

と、NHKの皆様、テロップをお願いします。

 

さて、「清風亭の対決」だが、確かに緊迫感があって面白かったが、話が唐突なので、

ここへの持っていき方が強引すぎる。

歴史の流れに疎い方ほど感動したらしいが、わしは好かんぜよ。あんな極道のような描き方は!

 

ここが変だよ、龍馬伝。やってみます。

まず、後藤象二郎について。

彼は長崎に来る前に上海に行って軍艦を買い付けている。(ドラマでは全く触れていない)

ジョン万次郎が通訳でついていってるはずだ。せっかくこの間でてきたのに今回は出番なし。

後藤は開国派で土佐の保守派からは嫌われている。

吉田東洋の門下生で新おこぜ組と呼ばれ、藩内の身分差別をゆるくし弥太郎のような

地下浪人を引き上げるなど、非常に開明的な人物。

そんな彼だからこそ、龍馬と意気投合する。

むしろ龍馬の方がド肝を抜かれるほど、度量が大きい。

また溝渕広之丞を先週出しておきながら、本来、清風亭の設定は溝渕なのに弥太郎の仕事になってる。

溝渕広之丞と龍馬のやり取りがなければ、龍馬との会談も実現しないはず。

とってつけたような弥太郎とお元との身の上話も、本来なら龍馬とお元の間で交わさないと、

清風亭にお元がいる意味がなくなってしまう。龍馬の隠し愛人なのだから、お元は。

実際、ドラマでは何のために同席していたかわからない。(しかも昼から芸者が晩酌?)

時系列の問題もある。

弥太郎は本当はまだ長崎に赴任していない。

この時系列の問題は今までもあったので、いつも歴史の流れがプッツンと切れて突然の展開になる。

しかしそこは奇跡を起こす男。

問題は軽く受け流し、一件落着。

 

後藤象二郎を悪く描きすぎたせいで、今回は無理やりな展開でおさめてしまったが、

本来ならば、後藤は過去のことを一切話さず、ただ日本の未来の為、龍馬と語り合い、

何度も会談を重ねた結果、海援隊の誕生となってゆくはずなのだが。

長州征伐が終わり、勝海舟と長州の停戦合意、慶喜の将軍就任、公明天皇崩御・・・。

こういう歴史的な出来事がスパーンと抜け落ちて(慶喜は怪奇男か!)、

いきなり後藤が長崎に現れ、俺のこと言うこと聞けっつうのは強引すぎます。

龍馬にしても解散寸前の亀山社中の財政を救う男なわけですから、渡りに船。

小芝居はうっただろうけど、なにもあんな昼間っから会談しないだろうし、まして刀をあんなに

狭い部屋でたくさん出したら後藤と龍馬は今頃血だらけ。

こういう嘘が、時代劇をますます堕落させ、ファンが離れていってるのに。

あー、あとお龍のピストルも駄目!

小曾根邸で、月琴を習ってるんだから、 もう少ししとやかに描けないもんでしょうか。

いくら気が強いからといって、あれはヒドイ。

さらに中岡慎太郎!

この人を何で出さないの?

高杉ばっかりカッコよく描くけど、中岡をもっと出すべきじゃないの?

だってこれ「龍馬伝」でしょう?

高杉は伊藤博文とかを主役にするときに美化してくださいよ。

これじゃぁ、王政復古も岩倉もロクに触れずに、龍馬暗殺までいくな。

龍馬暗殺まで後~日!

来週は「さらば高杉!」

おいおい宇宙戦艦ヤマトかよ~。

 

 

 


nice!(0)  コメント(0) 

龍馬伝の龍馬はキリスト? [幕末]

龍馬伝について、今どんなにわめいてみても今後急に面白くなるとは思えません。

しかし龍馬伝をもっと違った見方で見れば、不思議と面白くなります。

恐らく、NHKと脚本家は龍馬をキリストにしたいのだと思います。
ですから生き方もその最後もキリストになぞらえて描いているのではないでしょうか。

よく見ればあの福山龍馬の髪形もキリストに見えてきます。
そういう目で見れば、龍馬の遠く見通したような不可解な言動もここで氷解します。
龍馬の言葉はつまり、福音なのですね。

その福音はロシア正教会のお坊さんになった親戚に影響を与えていたようですし、
武市半平太は龍馬の前半生において洗礼者ヨハネのような役割を果たしています。
ヨハネは領主のヘロデ王に殺されましたが、半平太も領主の山内容堂に殺されました。

寺田屋のお登勢も出会いから母親瓜二つで、これはもうマリア以外いないでしょう。
長崎のお元は、マグダラのマリア。あのお元の龍馬に対する思いは恋以上のもので、
幕末に降り立ったゼウス様なのでしょう。

弥太郎は既に幕府に名をもらしたように、銭でキリストを売るユダですね。
ユダは本当は誰よりもキリストを愛していましたが、そのおおいなる神の計画に
恐れをなし、彼をローマに売ってしまいました。
今の弥太郎も龍馬に対する嫌悪感は愛の裏返し。
しかし、どうも彼も銭の為に龍馬を売り渡してしまいそう。
すると龍馬を殺すのはピラトならぬ、慶喜ということでしょうか。


馬関の奇跡とは、戦争に勝ったことなのかと思いきや、大政奉還をさせたら奇跡という
話でしたね。龍馬が大政奉還させることは誰でも知っていますので、龍馬がその奇跡を
起こす。つまり龍馬=キリストとなり、神の奇跡を現し、大政奉還をやってのけ、
近江屋で神のもとへ昇天する。その後、龍馬の予言は日本の夜明けとともに成就する。

どうでしょうか?
NHK様。
福田様?


nice!(0)  コメント(2) 

「馬関の奇跡」は大村益次郎のおかげじゃないのか? [幕末]

もう「龍馬伝」のことでケチつけるの飽きたのだが、
この間は笑った。って弥太郎に。

岩崎弥太郎は香川君が演じているのだが、最初から一貫して龍馬嫌いなのだが、

最初は嫌いながらも許せるという雰囲気だったが、脱藩してからは、迷惑な存在、

自分の運命を翻弄する人間として龍馬を嫌うという人物になってきている。

この弥太郎を過剰に自己演出してるみたいだが、この弥太郎の気持ちは、私と

全く同じ。あまりの軽いのりの龍馬、演技力もなく、チンピラみたいな顔して、

偉そうにしゃべるだけの福山。ホントは香川君の福山に対する思いがあのような、

過剰演出になってるんじゃなかろうか?


ところで、馬関の戦いだが、もうどうでもいいのだが、映像はまぁまぁだったのに、

亀山社中は、なんで高杉を狙うのか?

当たらないからいいようなものの、実際なら死んでるだろう?

亀山社中って敵も味方もわからず大砲ぶっぱなしてたんかい?

本当に意味のわからない演出でした。


高杉がかっこいいのはわかるけど、あれじゃスーパーマンだ。

大村益二朗も全くでてこなし。(この人がいたからこそ長州は勝てたのに)

ま、ここまでは映像が凄かったからよしとしましょう。

そのあと。

 

高杉と木戸と坂本の会談(?)の場面。

坂本が木戸に戦争をもうやめようと言い、さらに徳川の政権返上の話をする。

すると、木戸が大政奉還かと言い、紙に書く。

へ?というような顔をして初めて聞いたかのような顔をする坂本。

何も言わない高杉。


あまりにも不可解なシーン。

やっぱり、脚本家、頭悪いわ。


史実どうこうじゃない、大政奉還の理論をしゃべる坂本が、木戸に大政奉還かと

言われて、へぇそういうのあるんだ!って、おかしいでしょ。

エネルギー(E) = 質量(m光速度(c)の 2乗なんだと言って、相手がそれ相対性理論か、

と言われて、え、何?って聞き返すようなもん。


相対性理論知らないで、エネルギーとは何かわかっちゃう人は、まぁ、まずいない。

大政奉還も知らず、大政奉還の理論をトクトクと木戸に説く坂本龍馬。


ありえません・・・・。


もう本当におかしい。この脚本家。

今までの大河の中で最も低レベルな作品。

最も、ひどい脚本。

視聴率が13%に落ちるのもうなずける。

ゲゲゲが10%視聴率をあげたのに、龍馬伝は10%下げた。


脚本家の実力がそのまま出たっていう見本でした。


nice!(0)  コメント(0) 

龍馬の災難。 [幕末]

ワイルウェフ号の遭難は、明らかに山の神の祟り。

龍馬はそう感じたはずだ。

以下、罰あたりな坂本龍馬の行動。

*上杉宗次郎(饅頭屋近藤長次郎)を死に追いやった。(長次郎の呪い)

寺田屋で捕り方2名を銃殺。(無辜の人の殺害)

そして女人禁制の山におりょうと登ってサカ鉾を一緒に抜いた。(神の祟り)

 

どう考えても、彼に天罰が下るのはあたりまえ。

エクスカリバーじゃないんだから、抜くなよ。

そのとすぐに起きたワイルウェフ号の遭難は、まさにこの行為の天罰。

*結局、薩摩、長州の信頼も失い、亀山社中の存続さえ危ういものにした。

グラバーの信頼も相当失ったんじゃないだろうか。

そこを乗り越えられたのは、後藤象二郎の存在だろう。

彼は土佐藩の外郭団体として海援隊を組み込み、龍馬の脱藩まで許した。

*信念を曲げてまで、後藤の配下になった坂本龍馬は、幕府、土佐(反佐幕派)と、

薩摩、長州と、誰が殺してもおかしくない状況になる。

さらに翌年、紀州藩とも訴訟問題をおこし、まさに四面楚歌。

結局、同年秋に殺されてしまうのであるから、罰あたりな坂本の運命は、

自らの行いの結果とも言えるだろう。


*上杉宗次郎の切腹は坂本が命じたと後にグラバーは述懐している。
 坂本本人の日記にも長次郎の性格が死に至ったと書いているし、
 おりょうの言う、坂本はその場にいなかったというのは嘘くさい。
 恐らく、長次郎を切腹させた後で、京に来たのだろう。

*坂本龍馬は、ばりばりの攘夷派。外人を殺すこと。そればっかり考えていた。 

*長次郎の死は、攘夷をやめて外国に留学しようとしたことから坂本の怒りを買った。

*神戸操練所は勝という2流の航海士が作った私的で中途半端な学校だった。 

 ゆえに、亀山社中の面々もほぼ半分は素人集団。

 とても外洋航路に耐えるような技術集団ではなかった。


nice!(0)  コメント(0) 

グラバーに騙された坂本龍馬。 [幕末]

薩摩と長州を結びつけたものは何か?

大きく分けて2つある。

一つは大宰府にいる公家。

もう一つは武器の調達。


両者の中に、中岡や坂本が仲介として入る。

この二人は元々、土佐勤皇党メンバー。

長州の過激派と付き合いは長い。

薩摩にとって、天皇の信頼を受けている慶喜、会津、桑名に対抗するためには、

大宰府にいる公家を利用したかった。

そこで中岡の存在が歴史的に急浮上する。

坂本は長州に武器を運ぶ役回りとして、こちらも急浮上。

武市亡き後、結果的に土佐勤皇党の残留部隊が歴史の舞台で暗躍することになる。

なんたる皮肉。


そしてこの結びつきを考えたのは、西郷でもなく坂本でもない。

グラバーだ。

ジャーディン・マセソン商会から派遣された死の商人。


ジャーディン・マセソン商会は、東インド会社を前身とする貿易会社。

建前は商社であるが、アヘン、武器などを扱う死の商人。


東インド会社は、アヘン戦争を中国に仕掛け、中国を侵略。

その時、イギリス人はセポイを使った。

セポイとは、インドの傭兵部隊。

その後、インド国内でセポイ達が大反乱をおこし、東インド会社は事実上消滅する。

しかし、その利権はロスチャイルドやサッスーン、ジャーディン・マセソン商会などが引き継ぐ。

 

薩長同盟とは、日本をイギリスの統治下に置くための装置であり、

彼らはイギリスからみたセポイだったのだ。

坂本は、奴らの謀略にも気がつかず、グラバーの手先となって、

嬉々として武器弾薬、軍艦を、長州や土佐に売りつけていた。


イギリスはその後、日本に清、ロシアと戦争をさせる。

真実は、イギリスの代理戦争だった。


インドはセポイの大反乱の後、大英帝国に組み込まれ、完全に植民地になってしまった。

そのわずか10年後、公武合体によって新しい日本が生まれる寸前だった日本は、

薩長らの軍事クーデターによって、似非近代国家ができた。。


似非近代国家の象徴が、古色蒼然とした「王政復古の大号令」

近代化のはずが、いきなり律令政治・・・・!

この時、日本は堕落したのだ。

大久保、岩倉らは、自分たちがイギリスの手下であることを隠すため、天皇を隠れ蓑とした。

しかし、西郷は気がついた。

だから反乱を起こした。

大久保は真実を知られないため、西郷ら数千人の薩摩武士を殺した。

翌年、自身が暗殺される。

木戸も奇兵隊を数百人を殺した。

その木戸も間もなく病死。

真実を知る、坂本、中岡はもうこの世にはいない。

岩倉は真実を秘匿したまま、最期は苦しみながらあの世へと逝った。

 

それなのに、未だに薩長だぁ、坂本だぁ~。


ホントにアホだ。

 

かつて戦国時代、日本を侵略する先兵だったのがキリスト教の宣教師。

そして気がついたのが、織田信長、秀吉、家康達。

特に家康は偉かった。

宣教師の本音を知り、耶蘇を日本から追い出した。

おかげで日本はその後260年間、平和だった。

アメリカ大陸内の有色人種が絶滅の危機となってる頃、

家康のおかげで、日本は耶蘇の脅威から身を守ったのだ。


やがて昭和になって日本人は気付く、

 

そう、鬼畜米英。

 


その時は、一億玉砕だ。

 

それまで、日本は大陸で何をやってた?


三菱、三井は、大陸にアヘンを売りつけ大儲け。

自ら、イギリス系ユダヤ資本の先兵となって大陸を犯し続けたではないか。


だから真の敵に気がついたとき、日本は中国をただ攻撃したのではない。

日本軍が攻撃したのは、ユダヤ系の企業があった地域だった。

イギリス、アメリカを鬼畜米英と呼んだ。

その本音は、ユダヤ支配を打ち破るということだ。

今のビンラディンと同じことを国民あげてやった。

そして全くビンラディンと同じく、それを聖戦と呼んだ。

ヒットラーは、ユダヤ人抹殺を、最期の審判で天国に行くため、あえてやった。

(ユダヤ人は自分たちだけが最期の審判で天国に行けると言っていた。)

 

あのアメリカが日本に原爆を落とすのは当たり前。


だって、あの国はフリーメーソンが作った国。

ドル紙幣みりゃ、一目瞭然。

同時多発テロの後の、アフガニスタン、イラクを見よ。

あれが、かつての日本だ。

 

幕末を知れば、世界が見える。


坂本、おまえは最後に気付いたんだよなぁ?

グラバーに、大久保に、西郷に、岩倉に騙された。

ってな。

そん時は死んでたけどな。

 


nice!(0)  コメント(0) 

龍馬暗殺事件前後から推理する。 [幕末]


龍馬暗殺に関連する出来ごとを時間系列に沿って追ってみる。


坂本・中岡の死亡事件の前後には、いくつかの事件が発生している。

この事件を追うと、坂本・中岡死亡事件は、一連の事件の一つとも思えてくる。


いや、これこそ、坂本・中岡事件の真相を読み解くカギになるかもしれない。


まず、坂本・中岡が遭難したとされる近江屋事件は、慶応3年11月15日とされる。
(龍馬の誕生日だったという説もあるが不明)

この事件で、なぜ中岡は坂本のいる近江屋に訪ねてきたかが、まず一つのカギ。

中岡はある土佐の脱藩浪士について龍馬と相談する為、坂本に会いに来た。

この土佐の脱藩浪士の名は宮川助五郎。

前年の三条大橋制札事件を起こした犯人で、新選組に捕縛され六角獄舎に留置されていた。

その間、いろは丸事件大政奉還など大きな出来事があるが、それはまた後で。

 

三条大橋制札事件とは。 

時は近江屋事件の前年、慶応2年8月。

三条大橋に長州の進発行為を非難し、町人に潜伏人の密告を奨励する制札が掲げられていた。

それを土佐藩の脱藩浪士達が引き抜き、鴨川に遺棄する事件が起きた。

首謀者は宮川助五郎。

9月にも同様事件をおこし、さっそく新選組が出動し、大混乱の上、彼らを捕まえる。

この事件後、土佐藩は祇園に近藤、土方らを招待し事件和解の一席を設けたとされる。

 

その宮川が放免されるということで、中岡は坂本のいる近江屋に訪ねてきた。

もちろん、中岡はこれだけで来たわけではなかろう。


海援隊と陸援隊の隊長という建前、彼らは仲がよいと思われがちだが、、実は一色即発なほど

両者の関係は悪化しており、お互い爆発しないよう関係を維持することが肝要であった。

そのような両者であったが、まさかこの日に二人とも死んでしまうとは思いもしなかったのかも知れない。


実は、この近江屋の事件と前年に起きた三条大橋制札事件には、共通の人物がその事件現場に居合わせている。

その人物とは、土佐藩御用達の書肆(しょし・本屋のこと)「菊屋」の息子、峯吉である。


峯吉は、この三条大橋制札事件と近江屋事件の両方で重要な役割を演じている。

しかも彼の証言が、事件を混迷にしている可能性もあるのだ。

当時16歳~17歳だったと思われる少年にとって、坂本・中岡の死亡はショッキングなことで、

理性にかける証言をしてもおかしくない。


しかし、後世に残る中岡の証言は、彼の虚言を元に構成されている可能性がある。

それぐらい、彼の存在は重要なのに、以外と彼の扱いは大きくない。


ともかく、三条大橋制札事件では、土佐藩は新選組に対して気を使っているにも関わらず、

坂本・中岡の死亡事件を新選組と断定しながら、その後の対応は全くなく、事件の大きさにも関わらず、

土佐藩は、その後沈黙。

そのまま鳥羽伏見の戦いに入り、うやむやになってしまった。

これこそ不可解な点なのだ。

 

また、新選組の動きも注目だ。

近江屋事件のわずか3日後。新選組の別働隊、御陵衛士・伊東甲子太郎らを惨殺。

生き延びた数名が薩摩藩邸へと逃げ込む「油小路事件」がおこる。


歴史的には、新選組の内部抗争と言われてるが、薩摩藩との関係を考えると、これもまた非常に不可解。

まるで、新選組が坂本・中岡のかたき討ちをとったかのような事件だ。

実際には伊東らが薩摩へ寝返ったことが最大の理由らしいが、わずか3日前に、

坂本、中岡が殺され、新選組に嫌疑がかかってるという最中。

新選組は何か知っていたのではないか?

近江屋事件の真相を・・・。

 

が、しかし、本当の坂本のかたき討ちは、、同年12月7日に起こる。


いわゆる「天満屋事件」だ。

海援隊、陸援隊のメンバーらが紀州藩の三浦休太郎を襲う。

いろは丸事件で紀州藩のうらみを買った坂本を殺したのは三浦。

そう決め込んでの奇襲だった。

三浦の警護は新選組。

双方が入り乱れる大乱闘になり双方に多数死傷者がでてしまう。

これで、海援隊のメンバーらは益々、坂本龍馬暗殺は新選組と信じてしまった。


そして翌日12月8日、陸援隊は、幕府倒幕の魁とし、紀州高野山で挙兵。

そのまま鳥羽伏見の戦いへと時代は動く。

 

近藤勇が流山で捕まったころ、ある新選組元隊士が江戸で捕まった。

彼の名は大石鍬二郎。

あの三条大橋制札事件油小路事件天満屋事件、どの事件においても参加したほどの剣豪。

その男が、伊東甲子太郎、坂本龍馬暗殺の嫌疑を受けたのだ。

伊東一派の殺害は認めた。

だが坂本殺害に関しては一旦は認めたが否定する。(拷問の為、虚偽の自白を撤回)

彼の口から意外な名前が出てくる。


 土州藩坂本龍馬 石川清之助(中岡)の暗殺は、

 見回り組、海野某、高橋某、今井伸朗他1名・・・・と勇から(近藤から)

 聞いております・・・・・。

 

 

 


さて、今日はこの辺で終わりにする。

それぞれの事件のディテールはまた。

 

 


nice!(0)  コメント(0) 

龍馬暗殺には何かある・・・。 [幕末]

「ゲゲゲの女房」でイトツ(風間杜夫)が大往生しました。

大変ダンディなお爺ちゃんで、風間さんもこんな役をやる時代になったのかなぁなんて見てました。

劇中、つかこうへいの事がでてきたのですが、収録中はまだ死んでなかったのではないでしょうか。

微妙な時期ではありましたが、風間さんの名演技、竹下景子の名演技に泣かされました。

という昨日(9月11日)でありましたが、夕方、訃報で谷啓さんが亡くなられたことを知りました。

この方もダンディで気品があって、今の芸人にはない教養、センス、どれをとっても一流のエンターテイナーでした。

御冥福を祈ります。

(怪我が、家の母と全く同じで階段で転んだことから脳挫傷。幸い、すぐに救急車を呼んで処置できた為、
 母は一命を取り留め、今は元気ですが人の最後はわからないものです。)


さて、話題を変えます。

龍馬はなぜ殺されたのか?

この疑問が100年以上たっても解決(司法上は解決)しないのは、

剣の達人・中岡慎太郎と坂本龍馬が、あっという間に殺されたからでしょうか?

これが長州ならば、高杉晋作と桂小五郎が同時に暗殺されるとか、

薩摩なら、西郷隆盛と大久保利通が同時に殺されたようなもの。

ただ違うのは、坂本と中岡は脱藩浪士であったこと。

ゆえに土佐藩はこの二人の葬式さえ出していない。

これゆえ、下手人が見回り組だと判明しても、気持ち的に今一つしっくりこないのです。


さらに、大政奉還という龍馬最大の大仕事をやってのけた日の後だけに、特に坂本の死は、

政治的なものを感じさせます。

 

なぜ、これだけ証拠があり、犯人が特定されていながら、これほど多くの人が疑問に感じるのか?

理由はありません。とにかく自分を含めて多くの人が何かを感じているという事実。

 

以前、テレビで見たのですが、よく交通事故で自分の息子なり娘が突然死んでしまって、事故原因が、

息子(娘)さんの、スピード違反でしたよとか、ようするに、運転ミスによって起きた事故だから、

死んだあなたの息子(娘)さんが悪いんですよと警察に言われて、はいそうですかと納得する親御さんはいいのですが、

絶対納得できないという親御さんもいるそうです。

警察は事故現場を検分して絶対の自信があるので、素人に何がわかるのかという態度に出ますが、

親は納得がいかない。悲しみのあまり、理解できないのではと普通は想像できます。

が、・・・・。

 

それでどうするかというと、民間で事故調査をする人がいて、そういう人のニーズに応えます。

で、調べると、確かに警察の検分が間違っており、親御さんの直感はあたっていたということが多い。

この調査をする人に言わせると、こういう疑問を持つ親は、なぜかわからないけど正しい場合が多いと言ってました。


霊が教えるのか、それとも肉親ならではの直感が働くのかわかりませんが、

科学的に現場を調査したからと言って、それが必ずしも正しい結果を導くとは限らない。

親の直感は、馬鹿にできない。

これを坂本・中岡の殺害事件であてはめると、調査はした。

犯人が自供した。 裏もとった。 解決した。

でも、なんか納得できない。釈然としない。

逆に言うと、これだけみんなが怪しいと思うのは、何らかの裏があると見たほうが自然なのでは?

現代に生きる我々は、150年も前の殺害現場に行くことはできませんので、当時の資料でしか、

判断できません。ゆえに資料を読み込めば、答えは自ずと出るのですが、そうなると、明治政府の出した結果と

同じということになる。

 

つまり、歴史に詳しくなると、裏の歴史より、官製の歴史に近くなり、ほらやっぱり見回り組だ、だから管轄の

松平定敬か松平容保だろ、兄弟だしもう決まった!てなわけになるのです。

しかし、あとから新しい歴史ファンは増えますから、にわかファンがまた疑問に思うわけです。

で、その度に、下手人は見回り組、黒幕は松平容保って言うのですが、いまいち、しっくりこない。

当の私もそうでした。


やはり、坂本・中岡の同時殺害は何かある。

そう思わざる得ない事件なのであります。


長いので、次は実際の不明な点を挙げながら、検証します。

(ただし答えは出ません)


nice!(0)  コメント(0) 
悪天候のため中止

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。